夏の終わり

まだまだ猛暑が続いていますが、
日没が少しづつ早くなってきていますし、何だか秋の気配が近づいてきていますね。
皆さま、どんな夏を過ごされましたでしょうか?


筆者は、前回のコラムで高校野球をTVで満喫した事を書きましたが、とにかく高校野球と映画ばかり観ていた夏でした。

もうひとつ、戦争と野球の関わりについての番組を観ました。
終戦から3か月後の11月23日に、神宮球場で行われた東西対抗野球。
その経緯や試合内容が紹介されたものでした。

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それまで野球のボールを投げていた選手たちのその手。
徴兵され、代わりに手りゅう弾を握る。

幸運にも生き延びて終戦を迎えた選手たちが東西野球開催を知り

「もう一度野球が出来る」

という思いだけを胸に球場へ集まる。
痩せ細り、野球をする体力など戻っていない人がほとんどだったが、彼らは集まった。

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銃弾が足に貫通した傷が癒えていない中、間に合うように必死で駆けつけた人もいたようです。

一方、中には、家族を養うのに必死で野球を選択できなかった人も大勢いたことでしょう。

また、「生きていれば」必ず出場したいと思った方々もいらっしゃったでしょう。


国中が貧困の最中、
「野球を復活させて、復興に向けて国民に希望を持ってもらう」
と高い志を持った人達が必死に開催した試合だったとのことです。


「野球は古臭い」「軍隊のようだ」
とおっしゃる方も世の中にはいらっしゃいます。

戦前から日本人が親しんでいるスポーツですが、
戦時中は「軍隊に交代はない」という理由で、選手交代が認められなかった時期もあるようです。
戦争をした歴史があるわけですから、そんな時代の色が残ってしまっている部分がある事も、ある意味では無理ないと言えるかもしれません。

もちろん時代が変わっていますので、以前のしきたりや習慣を変えなければいけないところは沢山あると思います。
しかし、礼儀やマナー、敬意を重んじる、地域や社会に貢献する、といった「日本の野球」は継承していくべきだと個人的には思います。

野球を愛する先人の方々が残して下さった「心」として。


奇しくも、戦争とは違う
「世の中の情勢で」
野球ができなかった今年であるからこそ、
戦争とは何か?
という問いに、例年とはまた違った想いで改めて向き合えた年だと、そう感じています。

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